ピアノがこれほど自由で表現力に満ちた楽器だとは知らなかった。
まあ、表現力は楽器に依存するわけではなく、演奏者のイマジネーションによって決まるのだろうが。
電子系の楽器よりは、生楽器の方が個性は出そうだ。演奏を聴いてその個性に気がつく人がどれくらいいるのかってのは分らんが。実際自分もつい最近までピアノがそんなに自由だとは露ほども知らなかった。
格闘技も単なる殺人術ではなく、身体を使った表現。ブルース・リーが言うように、闘いのアート。ジークンドーとは技術や型ではなく、コンセプト。
バイクのレースでも、王座を連覇するような人はイマジネーションの桁が違う。そこはパッシングポイントじゃないだろ!? っていう場所で平気で抜いてくる。別の宇宙で走っているかのように見えることもある。
だが独自の思想を持っていない人間だったら、表現しなさいとか、自分のピアノを弾いてごらんと言われるのはけっこう苦痛だろう。これが正解ですという型をひたすらになぞる方が楽でいいだろう。雨宮修一郎が技巧抜群でありながらカイには勝てないと思い、カイを恐れるのはそれが所以のはず。自分の音を持つということは、上手に弾くことより遥かに難しい。ある種の人々は自分の音を生まれつき持っているかも知れないが、努力でそれを見出すというのはかなり難しいことだろう。
雨宮はショパンコンクールの段にあっては、ショパンがこの曲で本当に表現したかったのはこういう思いではないかという独自の解釈を持ち、それを表現しようと試みる。その解釈は既知の一般的なものではないから、審査員に評価されるとは限らない。それでも雨宮は情熱と信念を持って独自解釈でコンクールに挑む。相変わらずカイを恐れてはいるが、そこには優等生から一皮剥けた姿がある。
ショパンコンクール編は現在進行中で、まだ雨宮はカイに対するコンプレックスを跳ね除けられるのか、カイのピアノは炸裂するのか、どうなるのかはまだ未知数。聴いてみたいものですな、魂のピアノってのを、生演奏で☆
精霊の守り人 Production I.Gの新作。異世界ファンタジー。
村上春樹 1Q84 Book1 村上春樹の大ヒット小説。かなりカルトです。
鎌倉幕府を開いた頼朝は清和源氏 源氏と平氏の歴史についてまとめています。徳川家や、島津家も清和源氏だと名乗っています。